今、社内の内内なプロジェクトに参加しています。早速先週なのですが、同期の一人とある1つのジョブを任されました。
答えが明確に出せないような課題ではありましたが、「会社」という「制約」を考えれば「求められているであろう答え」は比較的容易に想像ができるものでした。
ただ、その課題というのは個人的には「求めているであろう答え」では満足できない、「感情」が強く反応してしまう課題だったのでした。
当初ビジネスマンとして理想論を語るのはどうかとも思いましたが、そこは先日の後輩の飲みで「理想」と「制約」についてある程度考えれていたこともあり、理想論を語ることに対してためらいはなくなっていました。
答えが明確に出せないような課題ではありましたが、「会社」という「制約」を考えれば「求められているであろう答え」は比較的容易に想像ができるものでした。
ただ、その課題というのは個人的には「求めているであろう答え」では満足できない、「感情」が強く反応してしまう課題だったのでした。
当初ビジネスマンとして理想論を語るのはどうかとも思いましたが、そこは先日の後輩の飲みで「理想」と「制約」についてある程度考えれていたこともあり、理想論を語ることに対してためらいはなくなっていました。
その後、日曜の夜にその課題に関して、要因となりうるものを深く考えてみました。
ひとつの問題に対してまず浮かび上がってくる要因というのは、ビジネスマンとしての自分が容易に思いつくものがほとんどでしたが、その自分を疑い、他の要因はないだろうかと自問していく作業でした。
その日その課題について方向性は定まりませんでしたが、その課題に対する考えは深まりました。
翌月曜は一緒にジョブを任された同期とすり合わせの作業。そこでお互いに提示した要因と懸念というのは、言わんとしていることはほぼ同じものであり、自分の考えを肯定する小さな力となりました。
その場では自分の理想の問題解決法を提示し、同期もそれを了承してくれました。その問題解決方法というのは100%の理想から「会社」という制約にあわせ てスケールダウンしながらも、「求められているであろう答え」よりは効果的であろう方法でした。唯一、問題解決方法のひと手順だけが自分から見ても「理 想」と思えるという感じでした。それでもけして不可能ではないというレベルのもの。
今日は、そこで話した内容を簡潔にまとめた資料を元にそのプロジェクト内で考えを発表したのですが、反応は想定内のリアクションでした。「理想だ」という反論と「求められているであろう答え」に近い見解と。
フィードバック受けている自分は想定内のリアクションということもあり、表向き真摯にその意見をメモしてました。ただ、何か引っかかる部分が自分を苛立たせていたのでした。
それが何なのかをその後も考えていました。今もビール飲み飲み書きながら自問自答しているのですが、うまく表現できません。たぶん「『個人』と『組織』との間での葛藤」というような、ありきたりな感情なんだろうと思います。
その課題というのも「組織」が深く関わる問題なのですが、その問題定義自体が「個人の集合」の代名詞である「組織」をマクロ的に扱って行われているもので あり、自分はよりミクロに個人に近い位置までフォーカスする形でこの問題を扱うことを目的にし、そうすることでより効果があるであろう方法を提示したので す。マクロで捕らえると簡単に定義できるものでも、ミクロにフォーカスすると複雑になります。だからこそ、よりミクロに近い位置まで掘り下げた上で問題解 決に取り掛かることで効果的なのではないかと。その「個人」がないがしろにされているような感情が今の苛立ちなんだと思っています。
まあ、このようなフィードバックを受けて、そのプロジェクト内の「空気」というのも大体はつかめたつもりです。それでも、今はまだその「空気」は読まず、理想は追い続けて行きたいと思っています。
というのもそこを割り切ってしまうことが怖いのです。酸いも甘いも知り尽くした大人を気取るような気がして。そうすると一気に思考の幅まで狭まってしまう気がして。ビジネスマンとしてわかってはいてもそうは出来ない甘ちゃんですね。
今は提示された「求められていた答え」の中にどう自分の理想をちりばめていくかを考えるのみ!
今回の件で自分が「組織」より「個人」に近い部分を大事にする傾向があることがわかったのは収穫かな。だから管理職にはなりたくないと思うんだろうな(笑)


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